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山田祥平のPCこだわりレポート デジタル放送モデル「VALUESTAR T」
  Series 7 デジタル放送モデル「VALUESTAR T」 録画実現への道のり
   
   VALUESTAR Tに、BSデジタル放送モデル VT970/3Dが復活した。昨年2月より発売されていた従来のBSモデルでは、視聴のみのサポートだったが、新たに、録画やタイムシフトなど、地上波用のSmartVisionが提供していた機能の多くを実現、さらに110度CSデジタル放送にも対応し、新しい時代のTVパソコンを提案している。その商品開発にかかわった坂本進(NECカスタムテクニカ アドバンストシステムグループ)と、野口雅彦(同ソリューション開発グループ)に話を聞いてみた。  


BSデジタルの処理をワンチップ化

  坂本進(NECカスタムテクニカ アドバンストシステムグループ) VT970/3Dに搭載されているBSデジタルチューナカードは、BSデジタル放送の受信に必要なデジタル処理の部分をワンチップ化するなど、以前のカードから大きく進化した新開発のカードだ。坂本は、そのハードウェア設計を担当したエンジニアだ。

「今までのBSカードから、いちばん大きく変わったのは、ドータカードがなくなったところですね。受信に必要なデジタル処理の部分をワンチップ化したんです。このチップにAVのデコーダーをつければBSデジタルの受信が可能になります。サンヨーのデコーダチップは以前のカードと同じですが、限定受信(CAS)用のチップとそれに付随する回路などを集積しています。
 デジタル放送の蓄積を実現するためには、ARIB(社団法人電波産業会)が定めた著作権保護の規定を守る必要があるんですが、その機構もこのLSIに埋め込んで集積しています。そのおかげでスペースができたので、カードを一枚にすることができたんです。
 コンテンツを保護する暗号の強度や、運用形態などに関しても、ARIBの規格に見合った形で、仕組みを作らなければなりません。
 たとえば、BSデジタル放送のコンテンツには、コピーフリー、コピーワンス、ネバーコピーの3種類がありますが、本来録画禁止のネバーコピーコンテンツでも、90分までのタイムシフトだけは許しましょうというように、細かい運用形態があり、そのへんをすべてサポートしなくてはなりません。当然、パソコンで視聴しますから、データファイルを解析されても大丈夫なようにするために、すべての仕組みをハードウェアで処理するように実装しています。
 ここで暗号を破られてしまうと、デジタルコンテンツが外部に流れてしまうわけですよ。でも、暗号の強度が強ければ強いほどゲート数が増えていきます。そこで、アルゴリズムをNEC中央研究所で考えてもらって、それをハードに落とし込むことにしました」

 暗号の強度は、腕に覚えのあるユーザーでも、クラックできるようなレベルではないという。実時間では絶対に解けないようなレベルにあるらしい。ただし、あるPCで録画した番組は、ほかのPCに持っていっても再生することはできない。これは規定として、必ず守らなければならないことである以上、仕方がないことであるという。

「タイムシフト時間の制限実装がいちばんたいへんでしたね。ネバーコピーのコンテンツに対して、例えばタイムシフトを90分間だけ可能にするんです。どうやったら解析を困難にできるのか、実装にあたっては、放送から出てくるデータのどこを暗号化すればいいのか、ソフトがやるべきことは何かといったすりあわせなど、かなり悩みました。絶対に暗号化する場所を特定できてはならないわけですからたいへんです。
 具体的な実装方法としては、まず、チューナーからデジタルデータを取り出します。このデータには、番組情報、ビデオとオーディオのストリーム、データ放送のストリームの4種類が入っているんですが、それをデコーダーに渡し、暗号以外のところはプロセッサに委ねる仕様です。ソフトに暗号化解除の部分をいっさいもたせないようにしているので非常に強力です。テープ録画では、家電業界がすでにやっていることですが、パソコンとしては業界初ということになります。
 


トラブルを超えて

  BS・110度CSデジタルTVボード「BSデジタルはひとつの電波帯(トランスポンダ)に2チャンネル以上の番組が入っているんですよ。アナログでいうところの周波数と違うんですね。1チャンネルあたり最大24Mbpsなので、本当は、暗号化の処理スピードとして、それに追いつける処理能力さえあればいいんです。ところが、110度CSデジタル放送ではもっと速いストリームが流れてきます。あとから、よく規格をみたら、倍以上あってあわてました。回路規模と処理能力、スピードが最初の設計では間に合わないんです。それをなんとかしてくれと泣きつきました。確か、2回目くらいの試作でそれに気がついてやりなおしてもらったという笑い話もあります」

 坂本は、デジタル回路のエキスパートだ。入社後、最初の仕事は、異動した先輩からひきついだ98ノート用TVチューナパックの開発だった。その後、NEC初のテレビパソコン98CanBeのテレビボード開発を経て、スカイパーフェクTV!用のチューナー受信ボード、そしてBSデジタルボードと、ずっとテレビ関連のハードウェアを担当してきた。プライベートでもAVマニアだそうだが、パソコンでテレビを見るということは、それほどないかもしれないと苦笑する。

「開発途中のトラブルとしては、ノイズに弱いチューナーに泣かされました。やたらとエラーパケットが出るんですよ。調べていくと、最初にのせた電源回路ではノイズに弱くなっていることがわかりました。そこで、電源回路を補強したんですが、そのおかげで、VCCIのクリアもラクになりました。
 ハードウェアからみると、地上波との共通化は難しいんです。将来的にはBSデジタル放送のカードにオプションの形で地上波回路を載せることになるかもしれません。MPEGのデコーダーはユーザーからみるとほとんど同じに見えるでしょうね。でもDVDのサブピクチャなどをサポートする回路等がずいぶん違うんですよ。デジタル放送ではハイビジョンをデコードしなければならないじゃないですか。具体的には扱っているストリームが違うんです。地上波ではプログラムストリームを採用しているので共通化は難しいと思います。デジタル放送は多重化に最適化されたストリームで、それぞれのデコード処理は、同じMPEGでも、地上波とはまったく違うんです。今のところ、それを両方サポートするチップはありませんから共通化は難しいですね。もちろん、チューナー部分に関しても共通化は難しいですし、処理も大きく違います。
 しかも、BS放送にはゴーストがありません。ですから、ゴーストリデューサーがいりません。3DY/C分離もいりません。その点ではアナログに比べてはラクですよ。回路がシンプルになりますから」

 デジタル放送のコンテンツ管理に関しては、まだグレーな部分が多いのだそうだ。もちろん、コンテンツホルダーもいろいろな要望を出してくる。坂本は、ハリウッドと交渉を行っていたら、この種の製品はまだできていないだろうと苦笑する。規格団体に参画し、放送事業者といっしょにやったから実現できたというのだ。
 


新しい時代の蓄積型放送を楽しむために

  野口雅彦(NECカスタムテクニカ ソリューション開発グループ) 一方、野口の担当は、製品企画と、ソフトウェアのマネジメントだ。入社後、光ディスクのドライバ開発に携わり、その後、PCに転じてH98のBIOS、さらに、VOD関連のドライバ開発、そしてスカイパーフェクTV!受信ソフトなど、多岐にわたる経歴の持ち主だ。

「ユーザーインターフェースは、まったくの作り直しです。従来のSmartVisionでいただいていた要望などを、ひとつひとつ検討して、形にしてみました。このUIが、今後のSmartVisionの基本形になります。
 たとえば、ボタンが直感的にわかりやすいものになっています。小さすぎるとか、現在のモードがわかりにくいと言われていましたが、それが直感的にすぐわかるようになったはずです。
 機能的には、今回、110度CSデジタルと、BSデジタルの蓄積および、タイムシフトを実現しています。録画ボタンを一度押すごとに、終了まで、あと15分、あと30分といった録画時間の変更ができるのは便利ですよ。デジタル放送はスポーツ中継の延長や、その影響による後続番組の開始の遅れなどにも対応できるようになっています。たとえば、終わりまでと録画を指示したら、ちゃんと終わりまで録画されます。番組の開始時刻が遅れても、予約録画で頭が欠けるようなことはありません。帰宅して再生してみたら、録画されていなくてガッカリということがないんです。
 ただ、地上波とは扱うデータ量が違いますから、さすがにレスポンスは落ちますね。なんといってもストリームの容量が3倍以上ですから。どうしてもPCに負荷がかかってきます。特に、ディスクアクセスとPCIのバスの負荷が大きいです。
 将来的には、地上波もデジタル化されるので、ソフトの点でも一本化されることになりますね。今回のUI変更は、そのあたりも視野にいれたものです。
 結局、暗号化はハードにまかせてしまいましたが、ハードに情報をもらう部分、具体的にはドライバの実装などで、他からは解析ができないような仕組みにしています。耐タンパーというのですが、デバッガなどを動かすとソフトが止まるような仕掛けですね。ソフトで手落ちがあってコンテンツ保護ができなかったら大問題ですから」



ノーマルモード アドバンスモード(BS/CS)
ノーマルモード アドバンスモード(BS/CS)
 


チームワークが作ったセキュアなシステム

   今回の製品開発にあたっては、ソフト部隊とハード部隊が前もってずいぶんよく話し合ったという点で、開発体制がちょっと今までとは違うという。その話を坂本が補足する。

「90分ガードの作り込みなどは、最初、ソフトウェアでやると思っていたんですよ。でも、ストリームを横取りされないようにするにはハードでやるしかない。最終的には、いっしょにやるしかないと腹を決めました。以前よりも、連絡を綿密にやることで、完全なセキュアさを確保することができました。ソフトとハードと暗号化の部門のチームワークですね。今までの製品の中では、いちばん結託してできたものになるんじゃないでしょうか。そこまでやらないとできないということなんです」

 野口は、今も、デジカメを使うことがないという。北海道が好きで、時間があれば、銀塩一眼レフとリバーサルフィルムを抱えて原野に赴くらしい。
 坂本、野口ともに、PC一辺倒ではなく、どちらかといえば、ちょっと斜に構えたポリシーで、デジタルコンテンツのPC再生のエンジニアリングにかかわっているのが印象的だった。新しい分野へのチャレンジには、こうした視点も重要なのかもしれない。
 
   
       
       

  ■インタビュアー・プロフィール :山田 祥平
1957年福井県生まれ。フリーランスライター、成城大学講師。
「やってみよう(日本経済新聞)」、デジタルワンダーランド(夕刊フジ)」、「プライオリティタグ(ソフトバンク・DOS/Vマガジン)」、「ウィンドウズ調査団(週刊アスキー)」など、パソコン関連の連載記事を各紙誌に精力的に寄稿。「できるシリーズ(インプレス刊)」など単行本も多数。NEC製品とは、初代PC-9800シリーズからの長いつきあい。
 

Copyright(C) NEC Corporation, NEC Personal Products,Ltd.


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