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121ware NEWS定期便 みなさまの声
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インデックス(索引)

9月21日  ◆メールをさりげなく個性的に 【No.233】  好評記事
挨拶でご紹介の【なす】 へのお客様の声
<はみ出し情報> 『なす』
121wareニュース川柳 優秀作品 『誕生日』
<はみ出し情報> 『生』
特集【メールもいろいろ】 へのお客様の声
<はみ出し情報> 『レス』
その他ニュース へのお客様の声
理解出来なかったパソコン用語解説・・・9月21日ニュースへは、多くご質問いただいた用語はありませんでした。
「パソコンの思い出」についてお伺いします。
パソコンを初めてさわったのは、『何年』くらい前ですか?
その頃の「パソコンの思い出」を教えてください。
 ■<27年以上> 「PC-8001」発表以前。  ■<21年〜26年以下>  ■<16年〜20年以下>
 ■<11年〜15年以下>  ■<6年〜10年以下>  ■<1年〜5年以下>

9月28日号 ●ニュース記事の訂正●
記事1・2:新東京国際空港(成田空港)開港は1979年ではなく
1978年 パソコン発表の前年でした。
本当に申し訳ありません。


9月21日  ◆メールをさりげなく個性的に 【No.233】  好評記事
   
第一位  ★1.特集【メールもいろいろ】メール用語あれこれ

 77.9%
第二位  ★2.特集【メールもいろいろ】メール操作あれこれ

 76.5%
第三位  あいさつ文+川柳 【なす】

 72.1%
第四位  ★6.【ワンポイント情報】Word、Excelのコツ

 69.5%
第五位  ★5.【ちょっとトライ】カラフルな地図をWordで作ろう!

 61.6
第六位  ★7.【サポート情報】お問い合わせの多いQ&A

 59.6%
   
*パーセントは、その記事を「 ○ 参考になった・良かった 」と選択して頂いた方の比率です。
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挨拶でご紹介の【なす】 へのお客様の声
にこちゃん eggplantは、たまごの形に似ているからついた名前と思っていました。
にこちゃん 多分、そうだと思います。なるほどとうなずけるネーミングですね。


スーパーにこちゃん なすびのお話、面白かったです。なんで三なすびなんだろう?と疑問に思っていました。ナルホドと納得です♪
ほのぼのさん 冒頭の‘うんちく’が好きです。
なす
にこちゃん 「うんちく:蘊蓄」とは、
・深く研究して身につけた知識。→「うんちくの深さを示す」
・物を蓄えること。→「うんちくを傾ける」(蓄えている知識のすべてを傾注する)
だそうです。
いえいえ、まだまだです。毎週楽しい話題をと必死で探して参りました。
こちらのコーナーもひとまず今週までとなりました。
沢山のご声援、ありがとうございます。

にこちゃん 川柳コーナー 自作はまったく駄目だが人様の作品は楽しみにしている。
ほのぼのさん 川柳は考えるのが楽しいですね。
照れにこちゃん 旬の野菜は美味しいですね。楽しい川柳をありがとうございます。
 ●秋なすは 嫁に食わすな 太るもと (ますパパ)
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『なす』


なす科の植物には、 トマト、ジャガイモ、ピーマン、トウガラシ、ししとう、たばこ、ジャスミン、クコなどがあります。

トマトは、「赤茄子」という別名があります。

「なすがママなら、きゅうりがパパ」という言い回しがあります。

なすの花は親の意見と共に、「千に一つも無駄がない」と言われるものです。
(なすの花は、千に一つも無駄なく実を結ぶそうです。)

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121wareニュース川柳 優秀作品
『誕生日』

最優秀作品
●誕生日  嬉しがってる  うちが花  (ペンネームなし)
優秀作品
● 誕生日  迎えて喜ぶ  歳でなし  (ダディ−ちゃん) パソコンの日
● 年が増え  めでたくも無い  誕生日  (おめでた爺さん)
● いつからか  年を言えない  誕生日  (バークレイ)
● 近年は  知らぬ振りして  その日過ぎ  (ハム吉)
● 定期券  誕生日前に  購入し  (ひぃちゃ)
● 嬉しいが  年をとるから  複雑だ  (ゆらみーと)
● 誕生日  ケーキにろうそく  立てきれず  (ばろんばろん)
● 一本が  10年と数える  ろうそくよ  (ゆか)

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『生』


あいさつの「生」の読みは、下記となります。
「生きる」いきる、「生まれる」うまれる、「生い立ち」おいたち、
「生える」はえる、「生じる」しょうじる、「生る」なる、「生もの」なまもの、
「生命」せいめい、「芝生」しばふ、「生一本」きいっぽん、「生憎」あいにく、
「誕生日」たんじょうび

「生」の入った漢字には、下記のものがありました。
「生」「性」「姓」「産」「甥」「甦」「星」など

西アフリカ諸島やミャンマーでは誕生日を毎月祝い、
ドイツやスイスでは毎年の誕生日毎に植樹をする習慣があるそうです。

誕生日と言えば「プレゼント:present」。
「present」には、“贈り物”という意味の他に“今、現在”という意味があります。
今ここにあることがプレゼントなのですね。神に感謝です。

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特集【メールもいろいろ】 へのお客様の声
にこちゃん 「今回は個性的なメール」のコーナーが面白かったです。
普段私の周りにはこんな文章を用いる人がいないので、興味深いと共にちょっと羨ましかったです。
にこちゃん メールでも、さまざまな個性にあふれているんですね。
私も、失礼にならない範囲で自分らしいメール文を書いてみます。
ほのぼのさん ニュース担当者も早速「方言でメール」を試しました。
結構ひらがなばかりになりますね。楽しいメールができました。
メールの最後に心に残る一言も素敵ですね。
メール用語あれこれ

かしこくん Outlook Express でオリジナルのひな形を作成する方法は仕事柄使えそうなので、
早速明日から使ってみようと思った。
(毎日同じようなメールを何通も送らなくてはいけないので)
ほのぼのさん 顔文字使えるようになりました。うれしいです。(^_^)v
照れにこちゃん 今回は顔文字のところが参考になりすぐに自動設定をしてみました(^。^)!(^^)!
にこちゃん 顔文字での楽しいご意見、ありがとうございます。

かしこくん メール用語で、レス「返信」の事と知り、
自己レスは「自分から返信」と返信が遅いと「かめレス」を知り、面白いと思いました。
「かめ」は矢張り遅い代名詞なのでしょうか。
かしこくん 「カメ」は「亀」と推測されるのですが、詳細は確認できませんでした。
自然発生した言葉の語源は、なかなか難しいものですね。下記のはみだし情報もご参照願います。


『レス』


かしこくん 下記の様な情報を頂きました。「レス」の語源については諸説あるようです。

 
ごいけんさん レスについてですが、返信はreplyで、responseではありません。
スレがスレッド(thread)の略で、親投稿とその返信を指し、レスは誤った用語で、
メールの返信の Re: のことをレスポンス(response)の略だと勘違いして広まったらしいです。『レス』の二文字をgoogleで検索するとトップに(レスに関する考察)が紹介されています。

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その他ニュース へのお客様の声
にこちゃん 何となくWordで作成することが敬遠される地図。
職場の同僚に聞かれることがあり、説明をすることの煩わしさもあり、
自分が作ってしまうことが多かったのですが、この事を紹介したら、
同僚は喜んで地図作成をしていました。何でも楽しみながら出来るっていうことはいいですね。
びっくりさん 何べんも「地図ソフト」の購入を考えたことがあったが、ワードで作れるとは!考えてもいなかったので、大いに嬉しかった。
にこちゃん 早速、ご活用頂きありがとうございます。
本当に「ちょっと」した「トライ」でパソコンの使い方は拡がるものですね。
これからも、よろしくお願い致します。

にこちゃん いたく興を惹かれ琴線に触れています。
スーパーにこちゃん いつも最後まで読んで、アンケートにもしっかり回答。バックナンバーも削除せずにお取おきしてます。時々思い出して、参考にしてますよ。
ほのぼのさん いつも大変、満足してます。楽しみにしてます。
制作されてる方。ご苦労様です。有難うございます。
NECのスタッフの方これからも宜しくお願い致します。
にこちゃん このコーナーを担当している、方々のご苦労をお察しします。
今後も、頑張って下さい。楽しみに、拝見しています。
かしこくん 本当に沢山の励ましのお言葉、ありがとうございます。
121wareニュース定期便を4年間担当して参りました。
その間には、「あいさつコーナー」「川柳」「みなさまの声」「難解用語の説明」「パソコン探検・体験くらぶ」と本当に楽しく 仕事(勉強)をさせて頂きました。
今回、社内の業務変更ということでニュースを離れることになりましたが、
新しい担当者も121wareニュース定期便をより楽しいものにしたいと張り切っております。
どうぞ、これからもよろしくお願い致します。(NECP 新井) アリガトさん
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理解出来なかったパソコン用語解説


9月21日ニュースで、多くご質問いただいた用語はありませんでした。
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「パソコンの思い出」についてお伺いします。
(アンケート回答総数は、1449件でした。ありがとうございます。)


 質問:
 ●パソコンを初めてさわったのは、『何年』くらい前ですか?



   
  27年以上  3.2% 

  21年 26年以下  13.8% 

  16年 20年以下  20.0% 

  11年 15年以下  16.6% 

  6年 10年以下  27.4% 

  1年 5年以下  19.0% 

   

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 質問:
 ●その頃の「パソコンの思い出」を教えてください。


にこちゃん
<27年以上> 「PC-8001」発表以前。





MSXだったと思います。ゲームを小学生のときにプログラムに打ち込んでました。

ウィンドウはもちろん無くその都度システム開発の人間に必要なことを言って、プログラムをいちいち作ってもらっていたので時間がかかってしまって表の作成に直ぐに間に合わない状態であった。

カセットテープに保存していた覚えが有ります。

その頃のコンピュターをパソコンとは言いがたいが、学生時代にテープにパンチングして読み込ませ計算式を完成するのにかなりの労力を要したのが今では懐かしく思います









その頃はマイコンと呼ばれていました。それからすると、今のパソコンはスーパーコンピューターですね。

とにかく今から思えばとろかった!

パソコンを通して、一生の友人を作ることが出来ました。週末になると私の家に来て、朝方までパソコンで遊んだり、話をしたり、意見の交換をして、楽しんでいました。しかし、その友人は、11年前、突然の心筋梗塞で他界してしまいました。お互いに家庭を持ち、同じように子供も出来ましたが、生活が一変してしてしまったのも事実です。今現在、一生の友人は出来ません。親友が生きていれば、今のパソコンを見て、なんて言うのだろう。

ブラウン管の画面で、小さくて白黒画面で、電源を入れてもなかなか動作せずイライラしたのを覚えてます。









掛け算・割り算等速いのにはビックリしました。

まだ、8001も無かった頃なので、パソコン少年というのが不良と思われていました。

まだ、カード式で読みこませ、COBOLやFORTLANで動く、今のパソコンとは比べ物にならないくらい原始的なパソコンでした。それも大きさが1.5畳くらいあり、とても今のパソコンとは別物です。思い出と言えば、カードの孔とにらめっこをして、間違いを探したときのうれしさったら、あれは何物にも変えがたいもの!

ワープロからPCに変わり一太郎を使用した時の感動が忘れられません。









画面に自分がキーボードで打ったカタカナ文字が表示されるのが印象的だった。キーボードで外部記憶装置(テープレコーダー?)を動かせるのに感動した。当時はBASICを起動していろいろプログラムを作成し、結構頭を使ったような気がするが、今は優しいのか難しいのか複雑すぎるのか・・よくわからないPC環境ですね。NEC PC−98シリーズは非常に印象的なパソコンだった。とにかくほしくても高くて手がでなかったのが当時のNECの印象・・・・・

機械語でプログラミング・・・楽しかったデスネ!

最初に88一式を購入したとき大変高額だつたことが甦りますね。

最初に購入したNECのパソコンでは、FDが5インチの大きいものでした。それにMS−DOSでした。更に、プリンターも大きく、リボンの交換、紙送りのセッテイングが大変でした。

徹夜してベーシックプログラムを組みカセットテープに記録した事です。ビービビビビーの音が思い出される。今では信じられない程作業時間を要した。




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かしこくん
<21年〜26年以下>





メモリが少なくプログラムを書くのに苦労をした

BASICで音を鳴らしたり、絵を描いたりするプログラムをPC雑誌で見つけては、自分で入力していました。当時はテープレコーダーへ「録音」してプログラムを保存していたので、今よりもとても手間が掛かって大変でしたが、楽しかったです。

Basicで計算プログラムを作ったりしました。モニタもグリーンモニタで、カラフルではありませんでしたね。

FDがカシャカシャ言っていた。 ごつくて重たい N88_DiskBasicが懐かしいです









PC-6001で魔法の箱と思った

PC8001というキーボードのお化けみたいなpcを友達から買ってテレビにつなげ、カセットテープからピンボールゲームを読み込み、熱中してゲームしていたが、今思うと非常に単純なゲームであった。それで当時は面白かった。もしかしたら今でも新鮮かも知れない。

PCを起動するとBASICでした。プログラムを作成する友人がまぶしかった。

グラフィック画面などなく、大容量8KB!フロッピーなどとても高価で手も出ず、カセットのピーギャー音を聞きながらひたすら待つ。リードエラーを繰り返しやっと動いたゲームはハートやスペードが動き回る・・・雑誌を見ながらひたすらBASICや機械語を打ち込んだものです。あの頃はBASICでプログラム書けてたのに・・・









グリーンディスプレイだったので使用後は世界が薔薇色に……

ゲームを行うのに、テープから読み取るのでギーギーガーガーうるさい音を数十分聞かされて、、、やっと終わったと思ったらリードエラーによくなった。

その頃はデータの保存はカセットテープ。ゲームもカセットテープから読み込んでいた。データレコーダーの調子がその日によって違い、苦労した記憶があります。

テレビゲームが家でもできる!と思っていたが、プログラミングスキルがあるはずもなく、ただの箱と化した。









パソコンテレビX1がパソコンとの出会い。言語が理解できず挫折の連続でしたが、今でも電源を入れれば動く状態で保存しています。

フロッピーを何回も差し替えてやっと動き始めるので、いらいらしていました。

まず画面が白黒。BASICでプログラムを打ち込んでも大した事が出来なかった。それでも感動はしてたなぁ(笑

メーカーから販売店に出向して、会社に戻ったら周囲はみんなパソコン(その当時はワープロだったかも)を使って仕事をしており、しばらくはとまどいました。自分なりに必死で練習し何とか使えるようになりました。あれから20年余り、退職後の今では自分にとって無くてはならない生活必需品になっています。









何も判らない為、1枚の書類を作るのに約2時間位時間が掛かった事を思い出します。

家が電気屋で夜、店が終わってからゲームで遊んでた  8800だったかな

高価な品物なため、とても緊張して触っていた。

今にくらべて、起動やソフトの立ち上がりに時間がかかり、ワープロと比べて少し不便さを感じていました。でも、パソコンはこれから大いに普及することを感じていたので、パソコンを購入したかったのですが、高価なのもあり当時は買えなかったことを思い出しました。なので、自宅にパソコンが来た時はやったー!!って感じで感動ものでした。パソコン操作も、昔とは比べものにならないくらい速いし、画面もきれいで液晶なのですごく今のパソコンを気に入って大切に使っています。これからもいまのパソコンをあの頃の気持ちのまま大事に使っていきます









雑誌に掲載されていたプログラムを入力したけど、記録媒体が無かったので、半日くらいかけて作っても、夜には電源OFFで全てパー!今では考えられないなー。

仕事に携わって、初めてコンピューターを触りましたが、ちんぷんかんぷんだったことを覚えています。ハード・ソフトといわれてもまったく判らず、言われたとおりに操作しただけでした。その頃は機械も大きく、カードを通していました。今から思うと、本体も小さくなり、とても扱いやすくなりました。

初めて買ったパソコンはPC−6001。プログラムを作ったりゲームソフトで遊んだりしましたが、記録媒体がカセットテープだったためテープがちょっとでも伸びたらもうだめ。今みたいに簡単にバックアップも取れず何度も泣く思いをしました・・・。

超高価なハードディスクがほしくてたまらかった。(ほんと金塊の値段だった。)そして、わずかなメモリー容量を増やすのにあれこれ設定をかえてました。でも今思えばそのころのDOSの知識が役に立つことが少なからずあります。




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かしこくん
<16年〜20年以下>





20数年前のことです。会社員だった当時、勤務していた他の部署でパソコンを導入したというので、、どんなものかと思って、見にいったのですが、その性能にびっくりしました。データを入力すると、あっという間に計算結果が出てくるのです。数人で数日掛かる計算が数分で出力できるのです。驚いた私は、自分の部署にすぐ導入するよう提案したのですが、だめでした。それならばと自分でPC−8001を購入してしてしまいました。そのあと、PC−8801に買い換えて、仕事や自分の趣味に活用しました。現在も元気に動いています。

88で「黄金の墓」を徹夜でしました。

8インチフロッピーを分解してレコードプレーヤーにかけてみたけど、やはり音は鳴らなかった。

9801VM2をモニターとプリンタもいれて定価が85万円だったのを65万円で購入しました。マウスでさえ2万円しましたが、全体が高額だったので2万円が安く感じた記憶が有ります。ワープロ専用機が少し普及し始めた時期で、ワープロソフトも太郎から一太郎がでて、ものすごいソフトが出来たものだと非常に感動したのを覚えています。しかしパソコンの機能が進歩しても自分の能力がついて行けず、文章を書くだけなら20年前の一太郎でも十分な機能を備えていたような気もします。









basicで簡単なプログラミングを自ら行い、RUNで何回も失敗、修正を繰り返しながら、成功した時の気持ちは格別でした。

ms-dosで九九を表示するプログラムを作った

MS−DOSのコマンドを知らないと操作できなかった時代です。今と違い、コマンドを入力して動かすことにコンピューターを操作しているという実感がもてたような気がします。

MSーDOSには、悩ませられました。









PC8801mkII SRが最初でした。FM音源にはとても感動しました。

Windows3.1がでた当時でまだMSーDOSを使っていたと思います。MS-dosコマンドを打ち込むと画面が変わってパソコンが命令に従って自分がこの機器を使っているんだといった感動を覚えた記憶があります、またハードデスクも容量が少なくメモリーも余裕がなく、すぐクラッシュして困ったものです。

windows3.1を使ってました。操作性は今とは雲泥の差ですね。

うちにPCが来たのは、大学の工学部にいた兄が親に買って貰ったためだ。今より遙かに大きく、高価で、重かった。ただし性能は遙かに下だった。windowsのようなOSもなく、自分でコマンドを打ち込んでプログラムを動かしていた。でも未来に触れているようで楽しかった。まだあのころはコンピュータとか21世紀というものに対して夢があった。スパムメールに悩まされるとか、PCが出来ないと就職さえままならないなんて誰が予想しただろうか。









ゲームが出来るので凄いとおもッた

その頃は、まだパソコンがどういうものか良くわからなかったので、不思議なものという認識だったと思う。

ソフト自体が余り無いので、雑誌などを買って、自分でゲームなどを作っていた。それに比べ、今では、ソフトが、いくらでも有るので自分で作ることがないのでとても楽です。

ベーシックで素数を出すプログラムを作って動かし始めそのまま買い物に行って帰ってきたら、画面いっぱい延々と素数を並べていた。「まだやってたの、かわいそうに」といいながら終わらせた。









まだ、そのころは高校生でパソコンって「高嶺の花」で、「難しい」ってイメージがあって、当時は「関係ないや」というイメージや思い出があったが、今は「パソコンのない生活」なんて考えられない。(当時はPC-6000シリーズが全盛期だったころ)

一般人はとてもさわれる物ではないと思った。

会社のパソコンは、自分の机の上にはありませんでした。パソコンが必要なときに、その場所にいって使っていました。今は一人一台時代、便利になりましたね。

起動するのもフロッピーディスクを入れてというハードのないハコでした。起動するときの『トゥートゥートトトトゥー』という音が懐かしいです。









今とはまったく違っていて大変でもあり簡単でもあり,不思議な道具でした。

仕事でどうしても覚えなくてはならなくなってしまい、徹夜が続いたことが今になると懐かしく(当時は泣き泣きでしたが・・)思います。特に保存を忘れた時のことが忘れられませんね。

中学生のとき、パソコンは遠くの街の電気屋さんにしかなく、自転車で1時間くらい走っていき、店員さんに「触るのは10分だけ」といわれながら、何時間もいじっていました。

不安だらけ !! 珍しいのだが どこからいじるのか・・・・・

欲しくても経済的に手の届かない存在だった




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かしこくん
<11年〜15年以下>





PC−9801RX51を、プリンタ、ディスプレイ等の周辺機器や、当時定番のソフトもセットで購入し、100万円近くしたと思います。N88日本語BASICというプログラミング環境で、プログラムを作ったり、ゲームで遊んでいました。周りからは高価なゲーム機だなどと言われてました。なお、1991年購入の、このRXは現在も現役で稼動しています。

あの当時は今はもういない父がPC-9821cb2/Tを買って来たころです。私はあの当時小学校に入ったばかりだったものでてっきり98ランチがWindows3.1そのものなのだと思っていました。動作も安定していましたし、テレビなども見ることができました。PC-9800シリーズは時代の最先端をいってたんですね。今でも電源を入れたときの「ボン」と「チャララン」と鳴る音が忘れられません。

ウィンドウズを知らなかった。大学で使うためにものすごく重いノートパソコンを2時間も持ったまま通学していました。しかし、そのころ授業で習ったものは今では古すぎてあまり役に立っていない・・・。あのころの苦労は水の泡。

ディスプレイが重い。しかも明らかにテレビにしか見えないのに、なぜディスプレイというのか不思議だった。

なんかすごく難しくて、賢そうなイメージでしたね。これを使える人は優秀な人じゃないとできないと思ってました。今ではいたって普通に使っていますが、当時は「パソコン」というものに対して壁がありました。

まだ5インチ?のフロッピーディスクで、2枚入れて使用していた記憶があります。









貴社のPC-88だったと思うが、暗い画面に緑色の文字が表示され、妙に綺麗に感じた。

私がまだ学生の頃、扱っていたのはパソコンではなく、電算機でした。両方を卒業し、それとは縁遠くなっていた私が、必要に迫られて今度は遥かに進化したパソコンに触れてみて、それこそ目の飛び出るような驚きを感じたことをつい昨日のことのように思い出します。

手が汚れずに絵が書けるのが面白かった(^_^;)

手順を踏まないと立ち上がらず面倒な機械であった。

初めは電源(Windows)の終わり方、きり方がわからなくて、緊張してました。あとは文字入力(ローマ字)入力したいのが、カナ入力になったままで変更するのに四苦八苦してました。今思うとこんな簡単な事なのに思いっきり初心者だったなぁ〜と今になると懐かしいと思います。









小学校の授業で初めて触った。初めのころは操作を間違えると煙を出して壊れると思って恐る恐る触っていた。

職場の隣の席にパソコンが詳しい人がいて、同じことを何回も頻繁に聞いたが、いやな顔もせずに丁寧に教えてくれたので本当にありがたく、今でも彼には大変感謝している。自分も誰かに質問された時は、同じように笑顔で教えてあげるよう心がけている。

定年後に始めたので苦労しました。同じことを何度も後輩に聞いたので良く怒られました。

当時は高価な買い物にも拘らず余り使わずして処分した。その後 次々と最新のパソコンが登場しその度に欲しくなり機械貧乏になりました。




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かしこくん
<6年〜10年以下>





今思えば懐かしいです。 電源ボタンを押して「ピコッ」と鳴ったら、2つのフロッピーディスクを入れます。 「ピコッ」となる前に入れたり、鳴ってから暫くしてから入れるとエラーになってしまうので難しかったですね。 

「インターネット」の話をすると、友達から「何それ?」と怪訝そうな顔をされた。

Windows95パソコンを始めて使ったのですが、よく、フリーズしたり、『不正な処理をしたので・・・・・』というメッセージとともに強制終了されて驚いた。初めのうちは、自分が間違った操作をしたのかと思い、パソコンが壊れないかと心配しました。1年ほどすると、『パソコンとはこんな物で、結構不安定。』と悟りました。でも、最近のPCは安定していますネ。XPになってから、OSが落ちるといった経験はありません。

いろいろ検索ができ「ドラエモンのポケット」のようだった。

こんなもん、面倒なだけで必要ないね・・・と感じた。

こんな使いにくい訳のわからないものなら、まだワープロでいいやと思った。









コンピューターが家に!!という感動がすごかったです。

すごく興味があったのですが、年齢的(48歳)にどうかな?となかなかふんぎりがときませでしたが 子供が学校の時業で使っていて(楽しいよ)の一言とで思い切って近くの公民館に習いに行きました(家族に内緒で) もうとりこになってしまいました もっと早くやればよかったと思いました。

その頃ちょうどNECを所有していました。5インチのフロッピーが懐かしいです。また、真っ黒い画面の中で、DOSと格闘していた頃も今となっては良い思い出です。

それまで「パソコンなんて使ってたまるか」なんて思っていたのですが、先輩から「世界の人と交流できるよ!」と言われ、高い買い物でしたが、いざ使い出すと、それまでの世界観や生活が「がらり」と変わりました。もちろん様々エラーの数々にも会いまして苦労もしましたが、それがあってこそ、今の自分とパソコンの多少の知識を得ることが出来たと感謝しています。それから、最初の先輩の言葉どおり、世界中に仲間が増えて、いろんな方にも実際にお会いして交流することも出来ました。これからまた、初心を忘れず、パソコンとともにがんばろうと思っ

とてつもなく難しいもので、科学者とか、専門家が使うものだと思っていた。

ネットは、市外通話で繋げてましたので、電話代が高くて大変でした。ただウィルスの心配も無くて良かった。









パソコン通信の為に買ったので、設定に苦労しながら、初めて通信がつながった時は感激でした。世界が急に広がった感じがして、ワクワクしたものです。

ブラウン管の画面、少ないHDD、全部が大きく&重たいパソコンを手にしたときは、ただ何が出来るのだろうと、毎日パソコンの前で、格闘していたものです。性能の向上は、目覚しく一年、二年と経つうちに自分のパソコンは、古くなり、生活の変化もあって、ウェブサイトの閲覧とメール機能しか使っていませんが、未だ現役で頑張っています。

もっと複雑で難しいく、自分にはとても使いこなせない物だと思っていた。これだけ一般家庭に普及しなかったら、きっと自分でPCを買っていなかっただろう!今思えば、ビクビクしながらPCを触っていたのが、懐かしい・・・(^^;

やることなすこと、全てわからず、ストレスの充填道具でした

よくフリーズをしてしまい 強制終了をすることもしばしば・・・。その度ごとに データーが消えてしまい 悔しい思いをしました。

ワープロ買い替え時の購入でしたので、全ての動作が遅かったことが強烈に記憶しています。 その後電話回線→ADSL→光 と変更していくにつれ便利さに驚いています。









何がなんだか、無中でした。質問するのに苦労しました。

巷ではWindows95の発売が騒がれていましたが、私の周りではMS-DOSがまだまだ現役でした。もちろんインターネットなどは話題にもならず、「メールって何?」という状況でした。

今までパソコン嫌いだったが、仕事で毎日使うようになり、好きになった。

使い方をなかなか理解できず、ほとんど置物状態でした。

初めて、パソコンを買ったとき、とにかく怖くて、半年くらいほったらかしておいて、年賀状を作るため、気合を入れて電源を入れたとき、電源が入らず、かなりあせりました。単に、コンセントを抜いてただけのですが、丸二日悩んだ思い出があります。









初めてインターネットにつないでいろんなリンクを片っ端から巡っていたら案の定ウィルスに感染したらしく、何故か画面に英文とカウントダウンがスタート!当時初心者だった私はパニックになり、慌ててコンセントを直接ぶっこ抜いてしまいました。 そして、人間の風邪の様に何日か放っておけば治ると思いしばらく電源を入れずにいたなんて恥ずかしい思い出です。

職場で使う物であり、主婦の自分には無縁の物と思っていた。

色んな音がしていた。壊れるかと思うような(^^;

凄過ぎて別世界のものだと感じてしまい、それ以降当分敬遠してしまった。









正直、便利なものが登場したなと思いました。ほんの数年でここまで技術が進むとは・・・。

難しそうなもの。生活には溶け込まないと思ってました。

夢中になりすぎ毎日夜中までインターネットを利用したので、電話料の請求にびっくりした思い出があります。またフリーズしてしまうとパニックになり周囲にパソコンに詳しい人がいなかったのでとても困りました。そのパソコン、VALUESTAR・NX(windows95) 今も健在です。

娘のパソコンで練習を始めました。娘に教えてもらうとすぐ喧嘩になり、結局よそに習いに行って覚えました。




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かしこくん
<1年〜5年以下>





中学3年生の頃です。中学のときの彼氏と、彼氏は彼氏の携帯で、私は自宅のパソコンからメールのやりとりをしていました。 当時はダイアルアップ接続だったので、電話代について親によく怒られました・・・

IT講習で初めてパソコンをさわるうちに、欲しくなって購入。習い始める前は買うつもりはなかったんだけどなぁ。

windows xpが発売しだした時期でパソコンブーム真っ盛り位で乗り遅れないようにしようとしてたね。

XPにバージョンUPするのに何度も電話で教えて貰いましたが?PC用語が理解できずに迷惑を掛けました。

いつまでもビギナーですが毎日パソコンを主婦がさわるなんて思わなかったし昔ウィンドーズ98'から見ると現在ずいぶん進歩した。値段も安くなり家庭内にもノートパソコンとデスクトップパソコンがあるなんておもいもよりませんでしたね。最初はパソコンできなくて購入してしまったと思ったがインターネットしてから楽しみが増えたようです。欠点はパソコンをしていると時間が知らぬ間に過ぎて主婦業がおろそかになること。パソコンは思ったより良くつぶれて動かなくなり困る。









インターネットにも接続せず、最初は、ワープロ状態でした。

どうやったら、使えるのか?不安だったし、カスタマーに電話しまくった思い出です。

なにもわからないまま、いろいろトラブルに見舞われ、おろおろしていたのを思い出します。今となれば、あんなことでドキドキしなくてもよかったのに!と思うことも多くあり、少しながらスキルアップしたなぁ!なんて感慨にふけったりします。

パソコンが止まるたびに壊れないか心配だった。丁寧にキーボードをたたいていた。

パソコンて難しく、私には無縁と思っていました。ある時IP市民講座の抽選に当たり、以後とりこになり、パソコン教室に通いつめる日々です。

パソコンに向かうとドキドキして緊張してました。文字を打つのもたどたどしく、ひとさし指で1個づつ打ち込むしまつ。おかげで自分の名前を打ち込むだけで疲れてしまって・・・。今ではなくてはならない友人のような存在になりました。末永くよろしくお願いいたします。









ホームページを開くのに何分もかかったし時間が制約されて大変だった。見たい写真が開かなかった。

マウスが思うように動かせないので、宙に浮かせて操作しようとして娘に呆れられた。

まさか自分がパソコンに触れるとは思ってもいませんでしたし、又自分が所有するとも思ってもいませんでした。

よく解らずに触ってしまうと壊れてしまいそうな、ガラスの箱って感じでしたね。使える人に言わせると、「そうそう簡単には壊れない」との事だけど…^^;

右も左も、わからず、ストレスすら感じて・・・。でも、まだ、まいぺ−スですが   はまっています。

何が何かわからず。壊れたらどうしょうかと。かなり悩んだ。いま少しPCが、わかってきた。NECにして良かったです、サポートなどとても良い。自動診断。自動設定など初心者には、最高です。

苦難の連続で冷や汗たらたら泣き出したい思い。(-_-;)。









苦労して記入した画面が突然消えてしまい、もとに戻す方法がわからず困り果てました

携帯電話すら持たない私がメールとは 文字で送ることと初めて知りました。

今でもそうですが、未知の世界です。まるで宇宙からの贈り物にでも触るかのような怖さがありました。

今よりすごーくカメだった

自分には絶対できないと思った。

当時、私は自分の不注意から交通事故に遭ってしまい、身体障害者になってしまいました。最初は、自分の家の年賀状とか、ハガキの作成ができればいいなぁ・・という気持ちで、身体障害者職業センターというところで、ワープロの練習から始めて。(その時も、最初に親に買ってもらったのは、NECのワープロでした。)練習しているうちに、パソコンも触るようになっていって。現在は、NECダイレクトで購入したパソコンを使っているのですが、パソコンを使っていると、家でばかりいる私も、外の世界とつながりが持てているようで、とても楽しいです。









当初の1年間は殆ど触らず、2年目から「メール」を手始めに使い始めた。現在、65歳、今後何年パソコンに触れることが出来るのであろうか。

非常に、難しかった「今でも変わらず」。

毎日が発見の連続で、無我夢中でパソコンを触っていました。あまり触りすぎて、フリーズしたときは何が起こったのか理解できず、壊してしまったと思って凍りついたのを思い出します。

未知の世界。自分とは縁がないと、必要がないと思っていました。




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沢山の「思い出」ありがとうございます。全てを掲載できなかった事が残念です。

これが最後の「みなさまの声」となります。
本当にありがとうございました。
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